babymetalを受容する(/しない)世界

アイドル(偶像)を求めるココロを通して妄想でbabymetalを考える

蘇州夜曲

マーティン・デニー、に代表される、

エキゾティック・サウンド、は、

それが鳴らされた瞬間、

南国/南の島、や、東洋/オリエンタル、な

画が(欧米人の)脳裏に浮かぶ、

(ある種の妄想が奏でる)音楽である。

 

テンポやリズムや楽器が

とても、クール、に響くように使われている。

楽園的でラグジュアリー。リラクシンな音楽。

それを聴くような人たちは、

南国や東洋をそんな音が鳴っているところだと看做していたのであろう(か)。

 

babymetalは欧米人にとってエキゾティックなのだろうか。

彼女たちが擁している(のか?)、エキゾティカ、が、

欧米人を惹き付けているのだろうか。

 

もしそうなら、babymetalの持つ、

エキゾティカ、とはどう云うものなのだろう。

 

ヨーロッパは昔から、東洋趣味、に耽溺してきた(?)。

喫茶(コーヒー、紅茶)文化や浮世絵等はよく知られたものだろう

(アラブと中国と日本を一緒くたにするつもりはないが)。

 

mikikometalは、アフロ・アメリカン、の、ノリ、の再現を

諦めたところから、自身のコリオグラフのオリジンを見出したようだ。

 

白人(バレー的な)でもなく、黒人でもない、それらの影響からは

逃れようもないが、再現することも出来ない、キメラ、のような

有り様をそのまま表現しているように観てしまう。

 

babymetalの(表情を含めた)身体のムーヴは、

「躍動」と呼ぶには、クール、だ。

 

彼女たちは、(ほとんど)笑わないし、熱狂しない。

性交時の男性性器が、交感/副交感神経両方の支配を受けているみたいに、

興奮と冷静はお互いをお互いに御しているようだ。

 

能面の様な、と云う、表情に乏しい様を形容する言葉があるが、

実際の能では、面の角度やそれに挿す陰影などによって、

面の表情は自在に変化させられるようである。

 

ヨーロッパの「差異」と東洋(日本)のそれとでは

振り幅、の大きさが違うのではないだろうか。

 

はっきりとそれ(喜怒哀楽)と分かる表現と、

機微、と云われるものの違い。

 

babymetalの持つエキゾティカ(クール)は、

私たちが(日常的に)特別な思い入れもなく行っていること、を

アンプリファイ、したモノのエンタテイメント化なのか。

 

昔、ブリティッシュ・インヴェイジョン、と云う、

ビートルズから始まるイギリスのバンドによるアメリカのチャートの席巻があった。

アメリカの(黒人)音楽(外来の=エキゾティック)を聴いて育った若者たちが

アメリカを襲ったのだ。

 

外来の(エキゾティック)意匠(メタル)を纏い、

それが(東洋の)エキゾティカとして欧米人の眼に映るのだとしたら、

独りジャパニーズ・インヴェイジョン?(語義矛盾も甚だしい)。