babymetalを受容する(/しない)世界

アイドル(偶像)を求めるココロを通して妄想でbabymetalを考える

babymetalのsaudade

アイドルおたく、も、メタラー、も

非差別の存在であろう。

 

アイドル、ヘヴィーメタル、と云う表現自体が

差別の対象になるのではなく、

それらに、偏愛(に近い)を抱くものたちに

差別感情は向けられるであろう。

 

 

ヨーロッパ的な意味での、オトナ、は

日本には輸入されたものであり、

文化的には常にコンフリクトを免れないであろう

(ヨーロッパと日本のオトナ像の違いは甚だしい)。

 

 

美少女が好き、とか、初期衝動、とかの、

オトナの嗜み、からは程遠い、

幼児の欲望が乱反射しているような状態、への

肯定は、(羨まし過ぎて)オトナにはできないであろう。

 

 

白人社会での容認のされ方は、

babymetalにとって好ましい、と同時に、

日本人のメイトにとっては、

(いつものように)溜飲が下がる思いであろう。

 

babymetalが、

日本人にとっては、少し変わってる、くらいの変体だったのが、

ヨーロッパやアメリカの聴衆には、(大きな)驚きをもって

迎えられた、ことは、彼の地もまた

「幼児化」に拍車がかかっているのかも知れない。